2025年万国博覧会(万博)の開催地が大阪に決定した。会場となる大阪市此花区の夢洲(ゆめしま)は、大阪北港の一画を占める大阪湾に浮かぶ人工島だ。コンテナ埠頭とメガソーラー発電所があるくらいで、全体的には広大な空き地が広がっており、埋め立ても完成していない。その夢洲が、大阪オリンピックの開催候補地(選手村予定地)だったことはご存知だろうか。 G-Search編集部では、オリンピックから万博へと活用の場を変えた夢洲が、どのように新聞や雑誌記事に取り上げられていたのかを調査してみた。

1991年に初登場、1997年の五輪候補地として記事が増加

「夢洲」がはじめて記事に掲載されたのは1991年。島の名前が公募により決まった記事だった。夢洲の記事が増え始めたのは1997年。2008年に開催されるオリンピックの立候補都市として日本オリンピック委員会(JOC)総会での決選投票により、横浜市を破って大阪市が決定した年である。海のオリンピックをテーマに、夢洲は選手村として活用される予定となった。

2001年のオリンピック誘致落選で記事は激減

1999年にポリ塩化ビフェニール(PCB)汚染土を埋め立て処分していた問題がもちあがり、さらに記事は増加。オリンピック招致とPCB汚染土問題、交通アクセス改善に向けた地下鉄北港テクノポート線の着工など、記事掲載数を伸ばしたが、2001年にオリンピック誘致に落選し、記事数は激減する。

2009年には地下鉄事業が休止「大阪の負の遺産」と言われるほどに

2009年に、海底トンネルが開通し一般の立ち入りも可能になるも、資金が足らずに地下鉄事業休止に。夢洲は「大阪の負の遺産」と言われるほどになってしまう。釣り場として人気で、釣りの記事での掲載が見られる。

2016年以降、カジノ誘致や万博誘致で記事数が飛躍

東日本大震災で発生した岩手県のがれきの焼却灰を夢洲に埋め立てることになり、2012年掲載数は増加。その後は、カジノを中心とした統合型リゾート(IR)を誘致する案が浮上。さらに2025年万博の候補地として立候補、と2016年以降は記事数が躍進。2018年も伸び続けている。大阪市の吉村洋文市長は「万博、IRが来れば文字通り夢洲は『夢の島』になる」と期待する。
紆余曲折を経て、夢洲は今度どうなっていくのだろうか。

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