本記事は、2009年7月9日に掲載された、G-Search sideB記事を再掲載しています。

辻井さんの勢いが止まらない。
辻井さんとは、先月、国際ピアノコンクールで優勝した辻井伸行さんのことだ。この優勝から、連日のように彼に関するニュースが報じられている。

2009年6月7日  ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝
同    6月9日  凱旋公演のチケット(全1406席分)が完売
同    6月10日 優勝の記者会見を実施
同    6月11日 恩師・横山幸雄と帰国後の初競演
同    6月13日 岩手で凱旋公演
同    6月15日 台東区民栄誉賞を受賞
同    6月17日 名古屋で凱旋公演
同    6月23日 アルバムがオリコン2位 ピアニストの歴代最高となる
同    7月6日  文化庁長官表彰の表彰式
・・・
と挙げるときりが無いほどだ。今回は、優勝を境に一躍時の人となった辻井さんについて、G-Search『新聞・雑誌記事横断検索』で調べてみることにした。

昔から注目された存在だった

まずは「辻井伸行」をキーワードに検索してみた。すると、一番古い記事として、1996年11月に全日本盲学生音楽コンクールでの入賞者の1人として名前を見つけることができる。
辻井さんが小学2年生の時だ。さらにその1年後の1997年9月にはロシアの「モスクワ音楽院」で開かれるコンサートで国際舞台にデビューし大喝采を浴びている。
その後も、2000年には弱冠12歳にしてサントリーホールで初のソロリサイタルを開くなど、度々新聞にも取り上げられているが、小学生の間の記事には、いずれも「全盲のピアニスト」
と、全盲であることが強調された書かれ方をしている。

恩師・横山幸雄氏との出会い

辻井さんの記事を探す中で度々登場するのが、辻井さんが中学3年の時から指導をしている上野学園大学の横山幸雄教授である。
横山氏は第一線で活躍するピアニストとして多忙な生活を送るかたわら、楽譜の制作を指示するなど、縁の下の力持ちとして支え続けてきた。
今回のコンクールの際も、ファイナルを控えた6月上旬には、自身のリサイタルが間近であったにもかかわらず、「行かないで後悔するのは嫌だ」と思い、渡米を決行した。
1泊3日の弾丸ツアーで24時間足らずの滞在時間だったが、深夜と朝に10数時間かけて練習をつけた。そうで、食事と寝ている時間以外は、ずっと彼のピアノを聴いていたという。
教授の指導に辻井さんは「1日、炎のレッスンをしてくれて、自信になりました」と答えており、横山氏の指導が今回の優勝に大きく貢献したことは間違いない。

盛り上がるクラシック界

今回の辻井さんの快挙により、クラシック界が盛り上がりを見せているという。クラシックのCDは1万枚売れれば大ヒットといわれるが、辻井さんの2枚のCDを発売しているエイベックス・グループによると、
優勝が報道された日から注文が殺到。平成19年発売の「d?but」には11日だけで1万6000枚、20年発売の「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番」には同じく1万3000枚の発注があった。11日までの出荷数は、それぞれ5万枚と3万枚に達したそうだ。
また、辻井「効果」は思わぬところにも波及し、横山教授のCDも売り上げを伸ばし、発売元のソニーミュージックには、全国から約800枚の追加オーダーが寄せられているという。

辻井さんの優勝は不況やインターネットの影響で落ち込むレコード業界を活性化させただけでなく、不景気だ、節約だという暗いニュースばかりの日本に元気にさせたことは間違いない。
まずは今週末、ゆっくりと辻井さんや横山氏のCDでも聴いて、心を落ち着かせてみてはいかがであろうか?

参考